佐藤雅彦展「新しい×(作り方+分かり方)」鑑賞メモ
横浜美術館で開催中の「佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」は、タイトルの通り“作り方”そのものをテーマにしている。
単に「何かを作る」展覧会ではなく、「どう作るかを作る」展覧会。
つまり、表現の方法論をデザインする試みである。
佐藤雅彦展「新しいx(作り方+分かり方)」
横浜美術館(2025年6月28日(土)〜11月3日(月・祝))
https://yokohama.art.museum/exhibition/202506_satomasahiko/
展示全体を貫くのは、「作り方の設計」というメタ的な態度だ。
制作という行為を対象化し、その仕組みを可視化する構造的な視点が一貫している。
佐藤雅彦ゼミで行われてきたアルゴリズム的実験、たとえば「ルールを定め、その通りに動かすことで新しい発見を誘発する」ようなワークが、映像や装置として再構成されていた。

「分かる」とは何か
佐藤雅彦が長年問い続けてきたのは、「分かるとは何か」という、シンプルでありながら底の深い問いである。
『ピタゴラスイッチ』の装置や「考え方のコツ」シリーズは、知識を与えるための教育ではなく、「分かる感触」をデザインする体験だった。
それは情報の伝達ではなく、「構造の発見」に近い。
観客は説明を“理解する”のではなく、身体的・知覚的な気づきを通じて「なるほど」と感じる。
この“分かる感触”の設計こそが、佐藤の作品の核にある。

「作り方を作る」というメタ構造
佐藤は、既存の表現形式のなかで新しいアイデアを“見つける”のではなく、表現の枠組みそのものを作り直すことを試みてきた。
それが「作り方を作る」という姿勢である。
この発想は、制作を一段高い抽象度からとらえる「思考のデザイン」と言えるだろう。
「トーンとルール」美学と論理の共存
佐藤の方法論を支えているのが、「トーンとルール」という独自の概念である。
これは、作品の成立を支える情緒(トーン)と構造(ルール)のバランスを意識的に設計する思想だ。
ルールだけでは冷たくなり、トーンだけでは曖昧になる。
両者を同時に保つことで、理屈を超えた「納得」や「美しさ」が立ち上がる。
この「トーンとルール」の考え方は、映像や装置だけでなく、広告、数学的思考、教育番組、美術展示などあらゆる領域に通底している。
そして「作り方を作る」という発想が単なる制作技法ではなく、多くの人に共有可能な方法論として受け入れられているのは、まさにこのトーンとルールの共存によるものだ。
そこには、芸術的感性と科学的思考を媒介する新しい“共通言語”の萌芽がある。
「分かる体験」をどう拡張するか
佐藤はこれらを縦割りの領域としてではなく、思考を試すための多様な「フォーマット」として広告、数学、教育番組、美術館展示を横断してきた。
その方法は、技術的・抽象的な内容を、物語や遊びとして翻訳していくプロセスにも似ている。
説明を退屈なものではなく、楽しいものに変えたのは、安野光雅、かこさとし、寄藤文平、ヨシタケシンスケといった作家たちだ。
彼らは「わかる」をエンタテインメント化し、図解を“遊び”へと変えた。
そして佐藤雅彦は、さらに抽象的に、「分かることの構造」そのものを作品化している。
それは「説明」でも「アート」でもなく、「わかる体験を翻訳する装置」としての表現である。
展示を見終えたあとに残るのは、「分かる」とは、どのような出来事なのか?というひとつの単純な疑問である。
それは言語でも図でもない、“体験の構造”なのかもしれない。
佐藤雅彦の作品群は、その問いをユーモアと論理で包みながら、私たちに静かに突きつけてくる。
そしてその問いは、技術や教育、美術の領域を超えて、これからの「知ることのデザイン」を考えるうえで避けて通れないものになっている。



